2016年8月1日月曜日

なぜ、日本の大学はズルズルと世界大学ランキングから下がり続けるか!!

(問)なぜ、日本の大学はズルズルと世界大学ランキングから下がり続けるか!!

日本政府の「日本再興戦略」では、「今後10年間で世界大学ランキングトップ100に10校以上を入れる」ことを目標とした。文部科学省もこれを受けて、大学の国際競争力を高めるために重点的に財政支援する「スーパーグローバル大学」37校を選び、このうち東京大学や京都大学など13校については世界大学ランキング100位以内を目指す「トップ型」として、2023年度までの10年間に1大学当たり最高約4億2千万円の補助金を毎年支給した。その結果は、どうであろうか。日本の大学すべてがズルズルと世界大学ランキングから下がった。

なぜ?


(答)結論を順不同に言えば、

大学人の回答1:「外国人に何が分かる、違和感を覚える」
大学人の回答2:「世界の多様な大学を一様にランキングすることは愚だ」
大学人の回答3:「学内会議で多忙すぎる」
大学人の回答4:「研究費が少なすぎる」

などという、常識に予想される回答が出る限り、日本の大学ランキングは下がり続けるだろう。

そこには、研究費は「天から何もせずにも降りてくるモノ」、学生は「何もせずにやって来て、何もせずに出て行く者」などの発想から脱却すべきだろう。

更に言えば、「悪しき平等主義とポピュリズム」からの開放である。つまり競争主義の導入に尽きる。
私が側聞した事例であるが、
*1年間の研究費が約150万円に達する
大学の部局があるという。そこでは、特に卓越した研究成果を出さなくても、また外部資金申請などをしなくても文系にとってふんだんな研究資金が転がり込んでくる。羨ましい限りであるが、その部局では研究成果はほとんどない。だれが、なぜ、こうした「幸せ者」を生み出したのかは不明だが、とにかく解体すべきである。日本中の大学では、大学教員一人当たりの研究費をゼロにすべきだと主張したい。

そして「出る杭は打たれる」ではなく、「出る杭は打たれない」と発想転換出来ることが事が期待したい。

要するに、ショッピングモール形式にすべきである。
 (1)お金と実力がある人が、建物の良い場所と広さを決める。
 (2)大学は研究資金を「天からの神の恵み」のように与えない。
 (3)自らの自助努力で研究資金を獲得し、さらに学生一人当たり校費も学生数(指導教官希望数や受講数など)で配分すべし。
 (4)生き残った教授のみにテニュアを与え、それ以外の教員は任期制とする。
 (5)研究面におけるアクティビティ数値と研究費獲得量でのみ、教員を評価する。
 (6)単に「教育熱心だ」という不明な基準での教員評価は実施しない。
 (7)教員昇進は、教授会の専権事項であるという「思い上げり」を廃棄して、すべて学長に一本化すべきである。
 (8)学長は「人事権と予算編成権」を掌握して、「教授会の専横」を許さない。